大谷知子

子供の足と靴のこと

連載92 「捨て寸」と「殺し」

捨て寸(すてすん)、殺し(ころし)。良いイメージで受け止められる言葉ではありませんね。

実は、靴業界で古くから使われている用語であり、靴を設計する上でとても重要なことを意味しています。

「捨て寸」は、靴をつくる土台となる靴型の長さを決めるのに不可欠な手法を意味しています。

より良いフィッティングには、自分の足がどのくらいの大きさなのかを知ることが重要です。

つまり、足の計測です。

試し履きをした時、どんな具合なのかを言葉で的確に伝えることのできない子どもには、欠かせないと言えます。

で、お子さんの足を測ったら、長さが170㎜だったとして、長さ170㎜の靴型でつくった靴がフィットするか。

答えは、No!です。

爪先が当たって、痛くて歩けない。

無理して履き続けると、爪が巻いてしまう陥入爪になってしまうかもしれません。

理由は、歩くと、足は伸び、また指が動きます。

それを考慮し、言ってみれば、指の運動空間を確保する必要があります。

この運動空間が、「捨て寸」です。

測定値、つまり実際の足の長さに対しては不要とも言える寸法を加味すると言うこともできるので、「捨て寸」と表現したのだと思います。

一方の「殺し」は、靴型の甲周りの設計に関係しています。

計測値にして長さ170㎜の足の足囲が168㎜だったとして、靴型を足囲168㎜でつくったとします。

どうなると思いますか?

足を入れるとブカブカ、歩くと、足と靴が一体にならず歩きにくいし、脱げてしまうこともあります。

歩ける靴をつくるためには、靴型の足囲は、その靴を履く足の実際の足囲より縮めなければなりません。

これが「殺し」です。

「殺す」という言葉を辞書で調べると、いくつもの意味があり、その中に「活動や動作をおさえとどめる」「勢いを弱める」というものがあります。

こういった意味で「殺し」と表現したのだと思います。

●リコスタには捨て寸ガイドラインがある

それじゃ、足を測っても意味がないじゃない!

ごもっともですが、日本の靴サイズは「足入れサイズ」というやり方で決められています。

「足入れサイズ」とは、足長「170㎜=17.0センチ」の人がフィットする靴に「17.0」と表記するというサイズ表記法です。

だから計測値が170㎜なら、「17.0」と表記された靴を選べばいい。

足囲については、JIS(日本産業規格)では、「子供用」はB〜E、EE、EEE、EEEE、それにF、Gの9種が規定されていますが、足囲が表記されている靴は、まれです。

一般的にはほとんどが、Eか、EEだと思われます。

前記で例に挙げた168㎜は、EEに相当します。

では、どのくらい捨て寸や殺しを考慮するのでしょうか。

それは分かりません。

捨て寸は、靴の爪先が尖っていると長く取るなど、爪先の形によって異なります。

殺しは、紳士靴と婦人靴では違います。

また、メーカーや靴設計者によっても異なり、どのくらい考慮するかは、履き易い靴をつくるための独自のノウハウという側面もあります。

でも、リコスタは違います。

リコスタは、ドイツ靴研究所が運営する「WMS」という靴型の規格に則ってつくられています。

その「技術ガイドライン」には、サイズごとに捨て寸(下表)が明記されています。

手元にあるのは「2011年版」ですが、捨て寸は、「9.0㎜〜15.0㎜」です。

表を見るのに注意して欲しいのは、ドイツ他ヨーロッパのサイズ表記は、日本とは異なり「靴型サイズ」だということです。

捨て寸を含んだ靴型の長さでサイズを表記しています。

また、ヨーロッパ(英国は除く)は「20」あるいは「36」といった表記ですが、これは「㎝」ではなくサイズ「1」は「3分の2㎝」です。

フィッティングでは、捨て寸は「爪先余裕」と言われることが多いと思いますが、その目安は「1.0〜1.5㎝(10.0〜15.0㎜)」。

「WMS」の捨て寸ガイドラインに合致しています。

WMS技術ガイドライン2011 捨て寸に関する表の一部

「WMS技術ガイドライン2011」掲載の捨て寸に関する表の一部
文中で例に挙げた足の長さ「170㎜」に最も近い「足の長さ172.3㎜」を見ると、「足の長さ+捨て寸の合計値」が、「サイズ28」の長さ「28×3分の2㎝(6.666㎜)≒186.6㎜」と一致する

大谷知子(おおや・ともこ)
靴ジャーナリスト。1953年、埼玉県生まれ。靴業界誌「靴業界(現フットウエア・プレス)」を皮切りに、靴のカルチャーマガジン「シューフィル」(1997年創刊)の主筆を務めるなど、靴の取材・執筆歴は約40年。ビジネス、ファッション、カルチャー、そして健康と靴をオールラウンドにカバーし、1996年に出版した「子供靴はこんなに怖い」(宙出版刊)では、靴が子どもの足の健全な成長に大きな役割を果たすことを、初めて体系立てた形で世に知らしめた。現在は、フリーランスで海外を含め取材活動を行い、靴やアパレルの専門紙誌に執筆。講演活動も行っている。著書は、他に「百靴事典」(シューフィル刊)がある。