大谷知子

子供の足と靴のこと

連載74 早く避難するには、靴は立って履く???

ある会合でのこと、知り合いから声を掛けられました。
「靴を立って履くって、いいんでしょうか。いや、災害の時、早く避難するためには、その方がいいと。A社が発行しているニューズレターに、そうあったので。良くないですよね」。
A社は、子ども靴でもよく知られた靴メーカーでした。
「良くないです。『キャスト・アウェイ』を観て欲しいです」。
私は、そう答えました。

●靴がサバイバルを可能にする
お分かりの方も多いことと思います。「キャスト・アウェイ」は、トム・ハンクスがアカデミー賞主演男優賞にノミネートされたヒット映画です。
トム・ハンクス扮するフェデックス社のシステムエンジニア、チャック・ノーランドは、クリスマスを祝っている最中に会社から緊急連絡を受ける。マレーシアでトラブルが発生したので、すぐに飛べと。しかし、太平洋上は悪天候。ついに飛行機は墜落。チャックは運良く沈んでいく機体から脱出し、緊急救命ボートに乗ることができる。
気づくと、そこは浜辺。“誰かー、誰かー”と叫ぶ。答えは、ない。砂浜に大きく“HELP”と書いてみるが、上空に飛来するものはない。
チャックは、無人島であること、助けも期待できないことを悟り、自分が流れ着いた島がどんなところなのか確かめることを決意したようです。
次のシーン。チャックは、自分のズボンの裾を破っています。そして、それを足に巻き、紐で縛る。次に残った靴下の底にヤシの葉のようなものを入れ込みます。
島の探索に出るに当たり、チャックがまず行ったのは、履物を作ることでした。
ジャングルを進み、崖に登り、てっぺんに至る。すると、浜辺近くに浮遊するものが見える。崖を下り、行ってみると、それは、人。パイロットのアランでした。
もちろん、息はありません。嗚咽しながら、身に付けているものを確かめ、靴を脱がし、自分の足の裏に当ててみる。それが済むと、穴を掘り、アランを埋葬します。
その後に映し出されたチャックは、爪先部分を切り取った、アランの靴を履いています。アランの靴は、チャックには小さかったのです。
チャックは、知っていたのです。サバイバルには、足を守ってくれる履物=靴が必須であり、その靴は、容易く脱げてはならず、歩く度に足が痛いようなものであってはならないことを。

●“立って”より正しい履き方・脱ぎ方を習慣にすべし!
私が、知り合いの問いかけに「良くないです」と答えた理由も、そこにあります。
災害時はもちろん、早く避難することが大事です。靴を座って履くより立って履いた方が、早く避難を開始することができるでしょう。でも、その靴が避難途中に脱げてしまったら、どうなるでしょうか。
再び履かなければならなくなり、避難が遅れます。
もしその災害が水害なら、流されていく靴を拾い上げるには、さらに時間が掛かるでしょう。
拾い上げられず、靴が流されてしまったら、その後の避難生活は、厳しいものになるでしょう。
私が薦めたいのは、座って、足の踵と靴の踵を合わせ、その位置でベルトや紐をしっかり締める、そして脱ぐ時は、座ってベルトや紐を解き、履き口を大きく開けて、靴の踵を持って脱ぐ。この靴の正しい履き方、脱ぎ方を習慣化し、当たり前にすることです。
習慣になっていれば、急いで避難となっても、靴は履き口が開き、履く準備ができています。立って履いても、足を容易に入れることができ、さらに足が正しいフィット感を覚えているし、ベルトや紐を締めることにも慣れているので、脱げないように履くことができます。
正しい靴の履き方を再掲します。
脱ぎ方は、イラスト化していませんが、履き方の逆。前記のようにします。
災害時の避難のためにも、正しい靴の履き方・脱ぎ方を当たり前のことにしてください。

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大谷知子(おおや・ともこ)
靴ジャーナリスト。1953年、埼玉県生まれ。靴業界誌「靴業界(現フットウエア・プレス)」を皮切りに、靴のカルチャーマガジン「シューフィル」(1997年創刊)の主筆を務めるなど、靴の取材・執筆歴は約40年。ビジネス、ファッション、カルチャー、そして健康と靴をオールラウンドにカバーし、1996年に出版した「子供靴はこんなに怖い」(宙出版刊)では、靴が子どもの足の健全な成長に大きな役割を果たすことを、初めて体系立てた形で世に知らしめた。現在は、フリーランスで海外を含め取材活動を行い、靴やアパレルの専門紙誌に執筆。講演活動も行っている。著書は、他に「百靴事典」(シューフィル刊)がある。