大谷知子

子供の足と靴のこと

連載⑥ ドイツの子供靴規格「WMS」

WMS

2回に渡って、リコスタについて書いたが、実は、大事なことを書き残している。「リコスタ」の子供靴は、「WMS」に従って作られていることだ。

「WMS」は、ドイツ靴研究所が策定し、推奨・運用している子供靴の規格だ。「W」は「Weit=広い」、「M」は「Mittel=中間」、「S」は「Schmal=狭い」という意味。ネーミングは、このように靴の幅について「広い」「中間」「狭い」の三つを規定していることに因んでいる。

しかし「WMS」は、そこに留まらない。単にサイズ規格ではなく、子供靴製造の規格なのだ。

靴を製造するには、まず靴型というものが作られる。足のような形をした三次元の立体型だが、足の形をそのまま写しても履ける靴にはならず、足の動きを損なわず、いかにして靴製造の土台となる型として設計するかが、良い靴型のポイントだ。

「WMS」は、その靴型を、どのように設計しなければならないかを、細かく規定しているのだ。規定は、いくつもあるが、分かり易いところを紹介しよう。

まず、ボールジョイントの位置だ。ボールジョイントとは、親指と小指の付け根を結んだ箇所。簡単に言うと、爪先立ちをした時に足が曲がる位置だ。歩く時も、足は、この位置で曲がる。だから靴も、この位置で曲がらなくてならず、かつ足と靴のボールジョイントが合っていることは、靴合わせの重要なポイントだ。

そこで「WMS」は、ボールジョイントは、サイズ35(足の長さ218.3㎜)までは爪先から36.5%、サイズ36(同225㎜)以降は35.5%の位置と決めている。

次に、爪先の高さ。低過ぎると、歩く度に足の爪先が、靴の爪先に当たり、陥入爪など爪の変形の原因になったりする。「WMS」は、サイズによって、13〜21㎜までの9ランクを定めている。例えばサイズ33(足の長さ205㎜)なら、爪先の高さは、17㎜だ。

そして「WMS」は、規格通りに靴型になっているかのチェックを行う。「WMS」を採用しようとする靴メーカーは、靴型をドイツ靴研究所に提出し、検査を合格しないと、「WMS」のマークを付けることはできないのだ。さらに靴店に対しては、「WMS」の子供靴を正しく子供たちの足に届けるためのセミナーを行っている。

では、なぜ、このように厳しい子供靴規格を作るに至ったのか。
話は、1950年代に遡る。ある医師が子供の足を調査し、足を傷めている子供が多いことを報告した。ドイツ靴研究所は、この報告に着目。子供靴メーカーに協力を呼び掛け、7万4000人もの子供の足を調査した。その結果、一医師の報告が事実であることを確かめ、子供たちの足の健康を守るための規格「WMS」を作ることを決めたのだ。

現在、ドイツでは、「リコスタ」を含め9つのブランドが、「WMS」を採用している。

大谷知子(おおや・ともこ)
靴ジャーナリスト。1953年、埼玉県生まれ。靴業界誌「靴業界(現フットウエア・プレス)」を皮切りに、靴のカルチャーマガジン「シューフィル」(1997年創刊)の主筆を務めるなど、靴の取材・執筆歴は約40年。ビジネス、ファッション、カルチャー、そして健康と靴をオールラウンドにカバーし、1996年に出版した「子供靴はこんなに怖い」(宙出版刊)では、靴が子どもの足の健全な成長に大きな役割を果たすことを、初めて体系立てた形で世に知らしめた。現在は、フリーランスで海外を含め取材活動を行い、靴やアパレルの専門紙誌に執筆。講演活動も行っている。著書は、他に「百靴事典」(シューフィル刊)がある。