大谷知子

子供の足と靴のこと

連載62 お下がりの是々非々

保育士さんたちのグループに頼まれて、子どもの足の成長と靴について話しました。
講演が終わり、帰り支度をしていると、
「お下がりってダメなんでしょうかね」。
「そうよね、お宅は、3人だものね」。
「そうなんです。靴は、すぐに小さくなるので、それを下の子に履かせられると、すごく助かるんですけど」。
こんな会話が聞こえてきました。
2人、3人と子どもを持つ親御さんは、誰しも同じことを考えるのではないでしょうか。服は普通にお下がりを着せているのだから、靴も…。自然な発想と言えるかもしれません。
数ヵ月前のことです。子ども靴のレンタルサイトを立ち上げたという方から意見を求めるメールをいただきました。ただのレンタルではありません。リユース靴をレンタルというものでした。
「リユース=reuse」とは、英語としての意味は「再利用」ですが、一度使用された製品をもう一度使うという循環型消費を意味する場合は、「再使用」とされています。
意見を求められたサイトは、小さくなるなどして不要になった靴をなんらかの方法で回収し、その靴を貸し出すというビジネスモデル。言ってみれば、お下がりをリユース品として打ち出すことで循環型のエコ消費を提案していると言えると思います。
でもここで問題にしたいのは、それ以前。子ども靴のお下がり、言い換えると、リユースは、是か、非かです。

●本当の節約とは…
単刀直入に言うと、私見は、非です。
なぜなら、靴には、履き癖、言い換えると、歩き癖がつくからです。
間違って、自分のではない靴を履いてしまった経験があれば、理由は、お分かりになると思います。
経験がなかったら、人の靴を履いてみてください。
足を入れた瞬間に違和感!自分の靴ではないことが分かります。そのまま歩いたら、たとえサイズが合っていても、いつものように足が運べず、歩きにくいことしきりです。
歩く時、足は、煽るように運動します。まず踵のやや外側で着地し、次に足の外側を着き、その後は足先全体を着くように動き、最後に指先で蹴り出し次の一歩に繋げます。
この運動の跡は、靴の主には底部分に刻まれる。轍のように残ります。これが履き癖であり、正しい歩き方をしていても誰でも同じではなく、刻まれる轍は、少しずつ異なります。
自動車を運転中、轍が刻まれた路面を走る時、轍にピタッとはまっていると轍があることに気づきもしませんが、轍を少しでも外れると、車が意図する方向に行こうとしていないことを感じハンドルを強く握るなどして修正します。
人の歩き癖(=轍)がついた靴を履くのは、これに似ていると思います。意図した、あるいは無意識に自然に歩くことができず、修正を余儀なくされたり、修正できないと自然に歩くことができず、その結果、足に悪い影響を及ぼすこともあり得ます。
まだ履けるのに、もったいない。その気持ち、よく分かります。でも、それを履いた弟や妹に歩く度に違和感を感じさせ、その積み重ねが足に悪影響を及ぼすようなことを強いてもいいのでしょうか。良いはずがありませんよね。
だから靴のお下がりは、非。私は、そう考えます。
子ども靴について節約やもったいないということを聞く度に思い出す言葉があります。
「子ども靴は、足、延いては全身の健康に大きく関わります。特に6歳までが肝心。その間に靴代を惜しんで悪い靴を履かせ続けると、大人になってからの健康を損ないます。靴代を節約し、将来の健康を損なうのと、どちらが本当の節約なのでしょうか」。
独・リコスタ社のラルフ・リーカー社長の言葉です。

大谷知子(おおや・ともこ)
靴ジャーナリスト。1953年、埼玉県生まれ。靴業界誌「靴業界(現フットウエア・プレス)」を皮切りに、靴のカルチャーマガジン「シューフィル」(1997年創刊)の主筆を務めるなど、靴の取材・執筆歴は約40年。ビジネス、ファッション、カルチャー、そして健康と靴をオールラウンドにカバーし、1996年に出版した「子供靴はこんなに怖い」(宙出版刊)では、靴が子どもの足の健全な成長に大きな役割を果たすことを、初めて体系立てた形で世に知らしめた。現在は、フリーランスで海外を含め取材活動を行い、靴やアパレルの専門紙誌に執筆。講演活動も行っている。著書は、他に「百靴事典」(シューフィル刊)がある。