大谷知子

子供の足と靴のこと

連載㊾ 森、辻、そしてブーツの三題噺???

ニュースはどんどん生まれ、どんどん古びます。
3月頭の今、靴関係者にとってホットで衝撃のニュースは、ルイ・ヴィトンを筆頭にたくさんの有力ブランドを持つLVMHのトップ、ベルナール・アルノー氏がビルケンシュトックを買収というニュースではないでしょうか。ドイツの見本市で何度も取材した者にとっては、なんだか遠いところに行ってしまうようで、複雑な気持ちもします。
政治問題では、菅総理の息子が関わる贈収賄疑惑。これも、関わった人たちの降格や辞職、さらには女性広報官も辞職を表明。そろそろニュース最前線から後退しそうな雰囲気。
そんな中にあっては、東京オリ・パラ競技大会組織委員会の森喜朗前会長の女性蔑視発言は、既に昔のニュースかもしれません。
今回の話は、このニュース、さらに辻仁成がヒントを与えてくれました。
辻仁成は、芥川賞作家にしてミュージシャン、また映画監督でもあります。もしかしたら女優・中山美穂の元ダンナと言った方が分かり易いかもしれません。中山美穂は一時、パリで暮らしていましたが、ダンナの辻仁成が、もう20年近くパリを本拠に活動しているからです。
さらには、料理の腕はプロ級。彼が主宰するウェブマガジン「Design Stories」には、結構、頻繁に料理ネタが登場し、辻さんのレシピをつくってみたりしています。

●ブーツをモカシンに言い換えた意味
さて、ここまでは前置きです。その「Design Stories」で、森喜朗発言をフランスのメディアがどう受け止めているかを取り上げていたのです。受け止めは、当然のことと思いますが、かなり厳しい、つまり批判的だったと。
そしてその一例として紹介したのが、20分で読み切れることで若い世代に人気というニュースメディア「20minutes(ヴァン・ミニュッツ=「20分」の意)」の記事。ウィキペディアによると、通勤者を対象にした無料日刊紙だそうです。
見出しは、「失言高速道を時速320キロでスピード違反!」。さらに記者会見での森氏の態度や発言を「モカシンで直立する」と皮肉ったというのです。
記事によると、フランスには「ブーツで直立する(droit dans ses bottes)」という慣用句があり、「信念を曲げない人」を意味するのだそうです。「bottes」を柔らかい「mocassins」に変えることで、「信念を曲げない」とはほど遠い、森喜朗氏の態度や発言ぶりを皮肉ったのです。

●直立できるブーティを履かせましょう!
森氏の発言、それに記者会見の態度に言いたいことは山ほどあります。でも、ここで取り上げたのは、フランス人の靴の捉え方に、なるほどと思ったからです。
ブーツは、直立できる靴。モカシンは、その対極にある。モカシンを悪く言うつもりはありませんが、足を真っ直ぐに保つ力は、ブーツよりは弱い。フランス人は、このような靴としての性能の違いをちゃんとわきまえている。そうでなければ、前記の表現が出てくるはずがありません。
ヨーロッパで普通に見かけるのが、踝を被うブーティ、しかも紐靴を履いている子どもの姿です。脱ぎ履きの容易さを重視する日本人には、珍しい光景に映るかもしれませんが、ブーツとモカシンの違いをわきまえている彼らには、普通のことなのです。
足がまだ十分に発達していない子どもたちには、直立できるブーティを履かせましょう。そうすれば、足、体だけでなく、精神も女性蔑視の発言などしない、真っ直ぐな人に育つことでしょう。

大谷知子(おおや・ともこ)
靴ジャーナリスト。1953年、埼玉県生まれ。靴業界誌「靴業界(現フットウエア・プレス)」を皮切りに、靴のカルチャーマガジン「シューフィル」(1997年創刊)の主筆を務めるなど、靴の取材・執筆歴は約40年。ビジネス、ファッション、カルチャー、そして健康と靴をオールラウンドにカバーし、1996年に出版した「子供靴はこんなに怖い」(宙出版刊)では、靴が子どもの足の健全な成長に大きな役割を果たすことを、初めて体系立てた形で世に知らしめた。現在は、フリーランスで海外を含め取材活動を行い、靴やアパレルの専門紙誌に執筆。講演活動も行っている。著書は、他に「百靴事典」(シューフィル刊)がある。