大谷知子

子供の足と靴のこと

連載⑮ 店は、語る−靴は、足を計って合わせるものです

  もう10年近く前になってしまいましたが、ブラジルに年に一度、行っていた時期がありました。観光ではありません。仕事、すなわち靴です。
ブラジルは、年間10億足近くを生産する、世界第5位の靴産地です。その中心は、南部のノヴォ・アンブルゴ。「新ハンブルグ」という意味です。よく知られているようにブラジルは移民の国。ドイツからの入植が多かったことで、故郷を懐かしんでこの名前を付けたのだそうです。そしてここにある靴メーカーは、1日に数千足も作る大メーカーが主体。主には婦人靴ですが、子供靴メーカーもあります。
工場の規模は、数千足には及びませんが、子供たちのための靴は、かくあるべしという考えを持っているメーカーがあり、そのメーカーの社長は、自分の子供靴に対する考えを著していました。それもパンフレットいったものではなく、立派な本でした。
ブラジルと言うと、どんなイメージを持っているでしょうか。前述したように移民の国、また治安が悪い、貧富の差が激しい…。どれも事実。切り立った斜面に密集するバラックのような家、通りが変わると、大邸宅があったりしました。

●店内は30脚の椅子と壁全面の在庫
でも、意外と喧伝されていないのが、ポルトガルの支配が長かったことによると思われる、文化の成熟ではないでしょうか。サンパウロのファッションストリート、オスカーフレイリーは、“サンパウロの表参道”と言われていますが、表参道より美しいくらい。そして靴メーカーの直営店がいくつもあります。日本の靴メーカーが表参道に店を出すといった例は、まずないと思いますが、例えば日本でも知られているビーチサンダルの「ハワイアナス」、それにプラスチックシューズの「メリッサ」等々。「メリッサ」は、半年に一度、ショップ正面のデザインが変わります。ある時など、ショップの前に眼鏡が付いたスタンドが並んでいるので覗いてみると、外壁に描かれた花などが浮き立って見えた。楽しい!
そして脇道に入ると、地元の人たちが利用する庶民的な店が立ち並ぶ。そこで見つけたのが、子供靴専門店でした。
右側のウインドーにはスニーカーやサンダル、左側にはシンプルな革靴。後で聞いて分かったが、革靴は店のオリジナルとのことでした。
店内に目をやって驚いた。日本の店なら店内はところ狭しと靴、靴、靴が普通ですが、ディスプレイ台がない。両側の壁は全面靴箱。そして中央には、背中合わせにズラリと並べられた椅子。数えてみると、片側に15脚、合計30脚。たいへんな数です。
幸い日系ブラジル人の知り合いと一緒だったので、ジャーナリストであることを話し、店の奥まで見せてもらいましたが、奥はさらに在庫で一杯でした。
店のポリシーは、聞かなくても、店が語っています。つまり、「足を見て、ちゃんとフィッティングします」。実際、小学校高学年くらいの女の子の足を椅子に座らせ、かなり使い込んだ木製の計測器が計り、フィッティングをしていました。
靴の文化の違いを思い知らされたのでした。

大谷知子(おおや・ともこ)
靴ジャーナリスト。1953年、埼玉県生まれ。靴業界誌「靴業界(現フットウエア・プレス)」を皮切りに、靴のカルチャーマガジン「シューフィル」(1997年創刊)の主筆を務めるなど、靴の取材・執筆歴は約40年。ビジネス、ファッション、カルチャー、そして健康と靴をオールラウンドにカバーし、1996年に出版した「子供靴はこんなに怖い」(宙出版刊)では、靴が子どもの足の健全な成長に大きな役割を果たすことを、初めて体系立てた形で世に知らしめた。現在は、フリーランスで海外を含め取材活動を行い、靴やアパレルの専門紙誌に執筆。講演活動も行っている。著書は、他に「百靴事典」(シューフィル刊)がある。